いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「おいしいベランダ。 亜潟家のアラカルト」竹岡葉月(富士見L文庫)

あの結婚式から二年経ち、ついに亜潟家でお正月を過ごすまもり。旅支度のためにひっぱり出したトランクをきっかけに、葉二と二人、シンガポールへの新婚旅行を思い出していた。
そうそう、懐かしいですね葉二さん。ーーって、懐かしくても、鶏丸ごと一羽の海南ライスを作ったら食べきれないですよ!?
食卓を囲んで、悩みも喜びにも向き合ってきた亜潟家の数年後。親友の湊、弟ユウキの恋模様など、気になる彼らの選択も描かれた書き下ろし4編と、書籍初収録となるショートショート13点を収録。


書き下ろし4編と特典ショートショート13編からなる後日談短編集。書き下ろしでその後のエピソードを楽しみ、ショートショートで過去の思い出に浸る、二度おいしい“その後”ファンブック。
葉二が暴走したら(もちろん食と園芸関係で)まもりが呆れたり乗っかったりして、まもりがトラブルを起こせば葉二がさりげなくフォローして。結婚して2年経っても何ら変わっていない二人の空気感に顔のニヤケが止まらない。
書き下ろし4編はどれも良かったが、イチオシは正月の帰省の話。
普通は緊張か嫌々な旦那の実家への帰省も、まもりに掛かればお楽しみイベントに。このポジティブさと人怖じしない性格は本当に羨ましい。読んでるだけで前向きになれる。葉二の会社の女性陣とも普通に仲良くなってたもんなあ。亜潟ファミリーの仲の良さが見えるのと、姪ちゃんの「女の子は小さい時から女」な可愛らしいエピソードもあって、この話が一番好き。
それと、忘れちゃいけないのが“飯”。ベランダ野菜が関係ないものが多かったけど、男料理っぽい豪快さはいつも通り。
一番そそられたのはカレイの煮付け。水無しお酒オンリーで煮た煮魚はマジで旨い。もったいなくて「貰った日本酒が合わなかった」なんて特殊な状況じゃなきゃ出来ないけど。シンガポール・チキンライスも興味があるが、油がきつそうなのがちょっと。キャロットケーキならタレを工夫すればいけるか?
期待通りに面白かった。素敵な幸せをいっぱいお裾分けしてもらった気分。できれば子供が生まれてからのてんやわんやも読みたいなあ。

「明日の罪人と無人島の教室」周藤蓮(電撃文庫)

機械による未来測定が義務化された世界。
少年・湯治夕日は、将来的に罪を犯す存在《明日の罪人》と判定され、無人島『鉄窓島』での隔離更生プログラムへの参加を強制される。
集められた12人の《明日の罪人》。その使命はただ一つ。一年間の共同生活を通じて己が将来の潔白を証明すること。
だが、日々を過ごすにつれ少年少女たちに潜む心の闇が徐々に露わになり始め……!?
迫りくる悪意、苦難、孤独――。その果てに捻じ曲がる未来は贖罪か。それとも絶望か。『賭博師は祈らない』の周藤蓮が贈る、衝撃の学園クライムアンサンブル!
――さあ、『特別授業』を始めよう。


現実規定関数によって明日の天気予報は外れず、人の将来もある程度定められる、未来予測ができるようになった世界。その世界で、将来必ず犯罪を起こすと測定され、無人島に集められた12人の高校生たち。彼らは測定された未来を覆すことが出来るのか? という物語。
一般常識から感覚や価値観が大きくズレた若者たちの葛藤や苦しみを描いた青春小説。
誰しもが少なからず抱える問題を分かりやすく肥大化して表した物語には読み応えはあるし、主人公の優れた洞察力で所々推理もののようになっていて、面白くないわけではなかったが……。
率直な感想を端的に表すなら「ややこしやーややこしやー」かな。
前提条件が多すぎるのと、若者が抱える異常性が多岐にわたるので、それぞれの持つ特性や常識を把握しないと、彼らの突飛な行動の意図が読み取れないので、推理は難しく共感はもっと難しい。
そして、これが作者の作風を変えてまで出すものなのかという大きな疑問が。
作者の(電撃文庫での)これまでの作品は、ラノベらしからぬハードボイルドな主人公と艶めかしさを感じるヒロインで、理屈ではない内から滲み出て来るような歪んでいるのに真っ直ぐな愛の形を謳った物語だった。本作はそれらから脱却する為の新境地だったと思うのだけど、、、申し訳ないが過去二作のより良いと思う点が見出せなかった。
別のジャンルにはもっと上手い人が他にいるから、作家さんには得意分野で書き続けてもらいたいと思うのは、作家の可能性の狭める読み手の我儘だろうか。自分の特徴を消して味がなくなってしまったラノベ作家をいっぱい見てきているので、作者がそうならないといいなと切に願っている。ストレートに言うなら『吸血鬼に天国はない』の続きが読みたいです。

「魔法科高校の劣等生 Appendix (1)」佐島勤(電撃文庫)

2095年9月。第一高校にある荷物が誤配される。その中身は未確認文明の魔法技術製品『聖遺物(レリック)』。人知れず自動的に起動していて――。
司波達也は、気がつくと森の中にいた。夢の中のような世界に困惑している達也の前に、深雪が現れる。
妹と無事に再会できたことに安堵する達也だが、深雪は純白のドレスを身にまとい、国王の娘になりきっていて!?
これは、いつもの『魔法科』ではない『魔法科高校』の物語。『魔法科』10周年を記念して、TVアニメ第1期パッケージに収録された『ドリームゲーム』を電撃文庫化!


アニメBD/DVDの付録小説の文庫化。
一高に誤って送られてきた聖遺物によって、達也たちがゲームの世界に入り込んだような夢を強制的に見せられる連作短編。王族、暗殺者、勇者、魔王等々、その日の夢によって様々な役に当てはめられ、その役を演じたりあえて逆らったりしながら、そんな状況に陥った原因を探っていく。
端的に言うとなろう系異世界に達也が行ったらどうなる? というお遊び要素満載のおまけ小説だからできる二次創作的な話。
異世界でもお兄様が無双するのかと思ったら、異世界の設定の粗に対して達也が冷静かつ的確に、身も蓋もないツッコミを入れていく方がメイン。お兄様の生真面目さをそっちに使うのか! これが滅茶苦茶面白い。作者自ら粗を作って主人公にツッコませるマッチポンプな面を感じなくもないが、面白ければ何でもいいでしょう。元は付録だし。
それにしても魔王は似合い過ぎだろうw 本人は不服そうだったけど。
また、このヘンテコな状況を意外にも最大限楽しんでいたのが深雪。色々なシチュエーションになることをいいことに、あの手この手で達也にイチャついていた。気苦労が多かった達也、羞恥プレイが多かったエリカやレオ他いつものメンバーから考えると、今回は深雪さんの一人勝ちだろう。
ただ後半、正気になるメンバーが増えてくると、練習不足で出来の悪い舞台劇を見せられているような居たたまれなさを感じるようになり、夢の内容もグダグダに。一発ネタで400ページ超引っ張るのは無理があったな。
それでも、基本シリアスなこのシリーズでは珍しく、遊び要素がいっぱいで面白かった。①ってことは次巻もあるのか。何してくれるのか楽しみ。

「竜殺しのブリュンヒルド」東崎惟子(電撃文庫)

竜殺しの英雄、シギベルト率いるノーヴェルラント帝国軍。伝説の島「エデン」の攻略に挑む彼らは、島を護る竜の返り討ちに遭い、幾度も殲滅された。
エデンの海岸に取り残され、偶然か必然か――生きのびたシギベルトの娘ブリュンヒルド。竜は幼い彼女を救い、娘のように育てた。一人と一匹は、愛し、愛された。
しかし十三年後、シギベルトの放つ大砲は遂に竜の命を奪い、英雄の娘ブリュンヒルドをも帝国に「奪還」した。
『他人を憎んではならないよ』
復讐に燃えるブリュンヒルドの胸に去来するのは、正しさと赦しを望んだ竜の教え。従うべくは、愛した人の言葉か、滾り続ける愛そのものか――。
第28回電撃小説大賞《銀賞》受賞の本格ファンタジー、ここに開幕!


厳しい現実や日々の鬱憤を晴らすような、何でも上手くいく優しい世界な作品ばかりのこのご時世に、こんなに美しく心の響くバッドエンドな作品に出会えるなんて。
御伽噺のような幻想的な世界観でありながら、繰り広げられる物語はドロドロに澱んだ憎しみと狂気が渦巻く愛憎劇。
娘は父を愛し、父は息子を愛し、兄は父と妹を愛した。その愛のベクトルが絶望的にすれ違い噛み合わなかった結果、予想通りの悲劇へと一直線に突き進んでいく。
その回避不可能な結末を思うだけでも目を背けたくなるのに、主人公・ブリュンヒルドの内で燃える憎悪の炎の激しさに、竜の娘を人間の尺度で愛し慈しむ実兄と父の親友の無力さに、ブリュンヒルドの兄の前でだけ垣間見える無自覚な人間味に、死してなお責められるブリュンヒルドの罪に、言いようのない切なさと遣る瀬無さと、世界への憤りが募っていく。
そんな悲哀の物語なのに、むしろそんな世界だからか、自分を貫き生き抜いた少女の生き様が、それぞれの不器用な愛の形がどうしようもなく美しく映る。

電撃文庫は今でもこういう作品に賞を出すんだなと。『ミミズクと夜の王』が大賞を獲った時以来の衝撃だった。
大賞に届かなかったのは、ブリュンヒルドの胸の内を語る描写がやや薄く感じるのと(想い人の願いに背くと決断した時の心中や、背き続けることになる葛藤は欲しかった)、2巻3巻と続きを出したいレーベルとしては続く余地なく完結している作品には上の賞を出し難かったからかな。
それでも電撃小説大賞の伝統、大賞金賞より面白い銀賞を久々に味わえた。自分が読んだ今年の電撃小説大賞の中では文句なく一番。

「異世界居酒屋「のぶ」七杯目」蝉川夏哉(宝島社文庫)

生真面目な徴税請負人、ゲーアノートが小さな女の子を連れて居酒屋「のぶ」へとやってきた。彼はこの少女、ヘンリエッタを保護したというが、どうも素性がよくわからないという。身なりも行儀もいい、この少女の正体は……? 冬の古都では、新たな運河を拓く事業で人が集まっている。市参事会も水運ギルドも、新婚の侯爵であるアルヌも、自らの役割を全うしていく。人と人を、小さな居酒屋の酒と肴が繋いでいく物語。


運河の新設を目前に人が集まってきた古都だが、居酒屋「のぶ」は通常営業。そんな中、徴税請負人ゲーアノートが保護した少女を連れてきて……な感じで始まるシリーズ第7巻。
堅物親父の不器用な優しさに心を開いていく訳有り少女、少女の健気さに中てられる堅物親父。定番の構図だけど、定番だからこその良さがある。そこに彩を添えるのが少女の涙。悲し/悔し涙から、嬉し泣きになり、最後は別れの寂しい涙へ。やっぱり少女の涙は絵になるなと(文章だけど)。特にヘンリエッタ嬢のような正義感の強いしっかりした子だと余計に。
そんな堅物中年と少女の心の交流を描いたところは良かったのだけど、7巻全体としてはちょっと政治色が強すぎた。
運河の新設の是非と利権を争う貴族や組織のお偉方の話ばかりが大きく扱われていて、素朴な人情味のある話が少ない。それに当然客も裕福な人たちばかりになるので、「のぶ」の料理に感動する描写も少ない。
『アジな組み合わせ』みたいな高貴な人が庶民の味を品なくがっつく話も悪くないが、汗水垂らして働いた庶民の至福の一杯や、偶然入った旅人が料理に舌鼓を打つ一期一会で素敵な出会いなど、下町の小さな居酒屋らしい話が好きなので、そういう意味では今回は物足りない。
そんなわけで、料理に集中している時が少なく、飯テロ力は残念な巻だったのが、そんな中で唯一腹の虫が刺激されたのが『ねぎまみれの日』。豊作過ぎて余ったネギをふんだんに使うネギ尽くしはネギ好きにはたまらない。ネギダレたっぷりの唐揚げはある意味凶器。
運河問題は片付いたし、次は日常の話に戻ってくるかな?