いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「熱帯」森見登美彦(文藝春秋)

熱帯

汝にかかわりなきことを語るなかれ――。そんな謎めいた警句から始まる一冊の本『熱帯』。
この本に惹かれ、探し求める作家の森見登美彦氏はある日、奇妙な催し「沈黙読書会」でこの本の秘密を知る女性と出会う。そこで彼女が口にしたセリフ「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」、この言葉の真意とは?
秘密を解き明かすべく集結した「学団」メンバーに神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと「部屋の中の部屋」……。
幻の本をめぐる冒険はいつしか妄想の大海原を駆けめぐり、謎の源流へ!

佐山尚一著『熱帯』。何人もの人が読んだことがあるのに、誰も最後まで読んだことがない幻の本。その本の秘密を解き明かすべく、読んだ記憶のある数名が知恵を絞り合うが、次第に彼らは不可思議な現象に遭遇するようになり……。といった体で話は進んでいく。
現実の世界と空想の世界の境が曖昧で、いつの間に不思議ワールドに連れてこられているのが特徴の森見作品の中でも、群を抜いて世界の数が多く境が見えない作品だった。
現実とファンタジーだけでなく、現在と過去、ファンタジー内の現在と過去、戻ってきたと思った現実のパラレルワールド疑惑と、どの地点を信じればいいのか分からなくなる。おまけに森見氏本人まで出てきてしまうので、現実と作中の境まで曖昧だ。
また、そのシーンの語り部が記憶を呼び起こして語っている最中に、その話の登場人物が語り出すということが度々起こるので、話が脇道に逸れているのか、深みに嵌っているのかも分からなくなる。ここは迷路か底なし沼か。
そうしてまんまと引きずり込まれた不思議ワールドは、唐突な終わりを迎える。「沈黙読書会」の奇妙な掟は、この終わりの伏線だった……のか?
いつも以上にずぶずぶと森見ワールドを堪能した。本の世界に取り残されて迷子になったような不思議な読後感。