いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「飛び立つ君の背を見上げる」武田綾乃(宝島社)

傘木希美、鎧塚みぞれ、そして吉川優子。四人で過ごした、最高にいとおしくて、最高に誇らしかったあの日々――。

北宇治高校三年、中川夏紀。
私は今日、吹奏楽部を引退した――。


響け!ユーフォニアム』のスピンオフ。
本編主人公・黄前久美子と同じユーフォニアムで一年先輩の中川夏紀が主人公。彼女から見た同じ中学から来た同級生の三人、傘木希美、鎧塚みぞれ、吉川優子の、今(卒業前後)と昔(部活時の出来事)が語られる。


夏紀先輩はやっぱりいい人だった。
卒業式や学校行事への冷めた見方とか学校や社会の矛盾に対する憤りだとか、内面は思いの外ロックで驚いたけど、内で燻っている熱は純粋で真っ直ぐ。だから視線や姿勢は斜に構えていても、いい人さがにじみ出ている。本人は誰からいい人と言われても一生懸命否定していたけど。
そんないい人さがよく出ていたのが優子の章。
優子“部長”が抱えてたもの大きさと裏でやっていた気遣いに驚きつつ、頑張り過ぎな優子をサポートする夏紀の心配りに感心もする。
回想エピソードの弱音の吐かせ方とかもうね。あんな気の利いたお節介、どれだけ気心が知れたら出来るんだろう。強がる優子がなんだかんだと頼るのも、名コンビの雰囲気になるのも肯ける。初めは犬猿の仲だったのに。
その夏紀が一番に気にかけるのが希美だったのが意外だった。
希美みたいな自分が正しいこと思うことを信じ切って相手にも強要するタイプは、夏紀とは相性が悪そうなのに。合いそうにない二人に出来た折角の縁が、退部事件でお互いに負い目になってしまっているのが悲しいが、この苦さが混じる感情も一つの青春かな。と、傍観者は身勝手に思うのであった。
もう一人のみぞれの章は、誰から見てもみぞれはみぞれなんだな、と。天才の感受性は凡人には理解できないよね。この作品全体が、夏紀が自分が凡人であること自覚しながら周りを見ている物語なので、対比としての存在なのかなと。タイトルの「飛び立つ君」はみぞれのことなんだろうか。夏紀からみぞれにそこまでの思い入れは感じないのだが。みぞれ本人には、「希美だけ」から脱却できたのは成長だけど、もうちょっと優子ママのことも見てあげて。と言いたい。
視点が変わっても変わらず濃い青春を堪能した。夏紀先輩は本編=久美子視点でも好きな先輩の一人だったけど、彼女がもっと好きになる一冊だった。