いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「忘却の楽園 I アルセノン覚醒」土屋瀧(電撃文庫)

度重なる争いの後、地表の大部分を海洋が覆う世界。滅びへ向かう人類を制御するため、武器、科学、信仰まで、あらゆる争いの火種が管理・秘匿された忘却の楽園〈リーン〉 。しかし争いが生み出した猛毒の汚染物質は不治の病〈旧世界病〉として、いまも人々を蝕み続けていた。
ある日、最高統治府から命を受けた少年・アルムが管理者となったのは、その身に汚染物質を宿す〈アルセノン〉の少女・フローライト。不器用ながらも少しずつ心を通わせてゆくなかで、アルムは彼女が〈旧世界病〉治療のためのいけにえとして軟禁されていたこと、そして自分と彼女のあいだにある秘密を知り――。
安寧の時を過ぎた新世界で、猛毒を抱えた少女と記憶を封じた少年が至る、残酷で美しい、運命の物語

第27回電撃小説大賞《銀賞》受賞作



海水面の上昇と大戦が遺した毒で滅びゆく人類。生き残った人類をまとめる最高統治府に、今年も多くの新人たちが新たな任務に就く。時代に翻弄される少年少女の物語。というわけで、今年の電撃小説大賞の銀賞作品の一つは王道のセカイ系ファンタジー

正直あまり出来は良くないかな、と。
世界の成り立ちから、世界に蔓延する不治の病を唯一鈍化させる薬の秘密。それを取り巻く政治の表と裏。レジスタンスの存在。主要キャラクターのバックボーンに至るまで、細部までよく考え練られていた。しかし、それを語ることに一生懸命になってしまった感があるのは否めない。要するに詰め込み過ぎの説明過多。
また、主な視点は訓練生で同期の若者三人の群像劇でスタートするのに、後半大人たちが台頭してきて、誰の物語なのか焦点が分からなくなってしまった。美しい表紙の二人が後半は完全に脇役なのは流石にどうかと思うんだ。
それに事件の概要を初めに説明したのも良くなかった。
群像劇はそれぞれの物語が一つに集約する瞬間がハイライトなのに、合流地点もそこで何が起こるかも大体わかってしまっているから、同じ事件を違う視点で見ているだけになってしまった。言い方は悪いが、一つの物語を三倍に薄めたみたい。
結局のところ、この世界の出来事を綴った物語であって“誰か”の物語ではなかった。人間のドラマでないと感情は揺さぶられない。世界観が王道なのだから、物語もストレートに不幸で純粋な少女とそれを助ける訳アリ少年の話でよかったような気がするが。