いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「あいのかたち マグナ・キヴィタス」辻村七子(集英社オレンジ文庫)

大崩壊により北半球がほぼ全滅し、海洋の3割は毒と化した。
外界から切り離された巨大建造物“マグナ・キヴィタス”では2億近い人類と、その隣人として造られた数千万のアンドロイドが暮らしていた。
老境にさしかかり人生に倦んだオルサレン氏が孫から預かったのは、保証期間も切れた調子外れのアンドロイドで……?
ヒトとは何か、「あい」とは何かを問うSF短編集。


作者の3年前の作品『マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年』の短編集。
本編主人公たちの上司のハビが関わったポンコツアンドロイドと祖父と孫の話「ジダイーナ」
ハビが地上からマグナ・キヴィタスに来た経緯が語られる「ピクニック」
ハビが上司とアンドロイドが起こしたと疑われる殺人事件の謎を追う「マーダーケース」
本編主人公の一人エルの出生の秘密と管理局調律部に赴任した経緯「エピタフ」
本編主人公二人がハビがかつて仕事をしたお宅に訪れる「ジダイーナreprise」
の全五編。


あのスタイリッシュSFイチャラブストーリー(と自分は思っている)の背景はこんなにも重く、舞台はこんなにも厳しい世界での物語だったんだな、と。
正直に言うと本編が3年前のあって、そこまで内容を覚えていなくてイメージだけが頭にあったので、こんな話だったっけ?と思いながら読んでいた。話の内容が、人のエゴの醜さや『人間』とは何か『個』とは何かを問う哲学的な話が多く、シリアスに振り切っていて甘さはかけらもなかったので。
また「あいのかたち」というタイトルも、どうにも合っていないようなとも思っていた。
愛憎も愛のうちといえばそうだが、どの愛も酷く歪んでいたので。素直に受けとれるのは一話目の祖父を想う孫くらい。
その違和感が最後の一話で本編の二人、ワンとエルが出てきたことですべて吹き飛んだ。
そうだよ、この甘さだよ。「あいのかたち」のタイトルにもしっくりきた。
そうか、このワンシーンを生かすためのそれまでの話だったのか。世界が醜いからこそ二人の愛が光り輝く。
あの二人にまた会えて、二人を作る世界への理解度が深まって満足な一冊だった。