いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「86―エイティシックス― Ep.10 ―フラグメンタル・ネオテニー―」安里アサト(電撃文庫)

共和国、存在しない「86区」。
一人の年端も行かぬ少年兵が、その地獄の戦場に降り立った。
彼の名はシンエイ・ノウゼン。エイティシックスたちの『死神』として、傷つき倒れた仲間たちの遺志を、行ける限り先へと連れていく使命を背負うことになる者――。
これは彼を『彼らの死神』へと変えた人々との出会いと、その絆を断ち切った残酷な、そしてあっけない死と破壊の物語の数々。

Ep.10『フラグメンタル・ネオテニー』。
血赤の瞳の奥に輝く、わずかに残った断片を追う。


幼きシンの壮絶な生き様をみる過去短編集。
シンがかつて首に撒いていたスカーフの秘密や、アンダーテイカー=葬儀屋と呼ばれ始めるエピソード、ファイドとの出会いなど、シンが一人で生き残ってきた歴史が語られる。
どれもシンが強くなった、強くならなければならなかった理由がよくわかるエピソードだった。
気に掛けてくれた初めての部隊の戦隊長も、人間性最低の上官も、寡黙なシンでも明るく接してくれる気のいい奴等も、無能な上官も、初めての部下たちも、みんな等しく死んでいく。コロコロと。
特にきつかったのが二話目の〈Misericorde〉。
敵国帝国の血をひくシンをスケープゴートにして隊をまとめようとする糞上官と、それに扇動された陰湿ないじめ。下を見て、下を作って自らを安心させる人間の醜さを体現する隊員たちと、それを淡々と受け入れるまだ小学生の年台のシンの様子に、憤りと遣る瀬無さでどうにかなりそうだった。
そんな中で一服の清涼剤だったのが、ファイド。
あの旧式の補給用無人支援機が如何にシンの心の助け、支えになっていたかが分かるいくつかのシーンは、厳しい戦地の中でも少し笑顔になれる。
そして明かされるファイドのAIの秘密。武骨な無人支援機が忠犬然とした愛嬌たっぷりに振る舞う理由と、そこに込められた想いが、予想外の感動巨編で思わず涙腺が。
次回からは最終決戦のようで。今回これだけ酷いことしたんだから、もうこれ以上酷いことしなくても……されるんだろうなあ。