それはあまりにも突然だった。
全てを無に帰する、咆哮、閃光、衝撃。
滅びゆく共和国でシンとレーナたちを待ち受けていたのは、絶望的な撤退作戦。諸国を転戦し、帰る場所を知ったエイティシックスたちは暗闇の中を一歩ずつ進もうとする。
しかし、彼らの前に立ちはだかる亡霊の群れ。洞のように空虚な銀色の双眸。変われぬ、変わらぬ彼らの姿。なぜ助ける。赦すな。鏖せ。復讐を。なぜ助けない。薄汚い色付きどもめ。憎悪と怨嗟の絶叫が響き渡る、Ep.11。
“鋼鉄の軍靴は血塗られたマグノリアを踏みつけ、受難の火が彼らを焼く。”
突如始まった〈レギオン〉による一斉攻勢。回復しつつあった戦線の後退を余儀なくされ、分断されてしまった各国。そんな中、エイティシックスたち機動打撃群に下された命令は、彼らを死地に追いやった共和国民を救い出す撤退戦だった。
今回ばかりは〈レギオン〉側を応援したい気持ちになった。
市民など無視して我先に逃げる上級国民。この期に及んでいがみ合い、自分勝手でクソみたいな暴言しか吐かない市民。状況だけ見てもすでに不快なのに、上から下までヘイトしか稼いでいかない共和国民に猛烈な怒りが込み上げる。当のエイティシックスたちは恨みや憎しみを通り越して、呆れに変わっていたけれど。
そんな相変わらずな共和国の白豚共の姿に、見捨てれば少年少女が気を病み、政治的にも後手に回ることになってしまうことは分かっていても、なぜこんな奴らを助けなければならないのかと、なぜ殺すにも値しない白豚共の為に危険を冒さねばならないのかと思わずにはいられない。その後の残虐な殺戮でも、元エイティシックスたちが〈レギオン〉の〈羊飼い〉に姿を変えても消えない猛烈な復讐の念は、正常な感情だと思えてならない。エピローグで「ちっ、三割も生き残ったのかよ」と舌打ちしたくなったもの。
共和国民と〈羊飼い〉、二つの負の念に板挟みにあうことになったシンやレーナ達にはもうかける言葉がない。それでも誰かを詰ることも嘆くこともなく、強く正しくあろうとする彼らの姿が眩しくて悲しい。
世の中の理不尽と人の醜さをまざまざと見せつけ、その中で光る若者の高潔さに大きな遣る瀬無さと小さな希望を感じさせる、実に『86―エイティシックス―』らしい一冊だった。
次回、かつてシンに課された苦難が今度はレーナに降りかかる?