いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「私はあなたの涙になりたい」四季大雅(ガガガ文庫)

全身が塩に変わって崩れていく奇病“塩化病”。その病で母親を亡くした少年・三枝八雲は、ひとりの少女と出会う。天才的なピアノ奏者である少女の名は、五十嵐揺月。彼女のピアノに対する真摯さと、その繊細な指でいじめっ子の鼻をひねり上げる奔放さに、八雲は我知らず心惹かれていく。高校へと進学し、美しく成長した揺月はイタリアへ留学してしまう。彼女と自分との間にある圧倒的な差を痛感した八雲は、やがて小説を書き始める。揺月との再会はある日突然訪れた――それが自分の運命を大きく変えることを、彼はまだ知らなかった。

第16回小学館ライトノベル大賞<大賞>受賞作


「あーあ、またお涙頂戴の難病ものか」と、タイトルで興味を持つもあらすじを見て買うのを止める。こうなってしまったのはいつの頃からか。
一時期に乱発された(今でも多いけど)、パートナーの片方が病気で亡くなる所謂「難病もの」。あまりの多さに、まるで「愛し合う男女が死別したぞ。ほら泣けよ」と言われているような気分になって、今では読む気が一切なくなってしまった。
そんなライトノベルライト文芸業界が食い散らかし焦土と化したジャンルで、あえてその土俵に立ち、中からアンチテーゼを投げかける挑戦的な作品だったのが本作。
大筋は難病ものによくある設定、よくあるストーリーではあるのだが、当事者となっている登場人物たちの口から、
「悲しみ」を商売にすることに対する嫌悪感、「不幸せ」をエンタメにする忌避感、「泣ける」物語として一緒くたにされて消費されることへの恐怖感。そういったものを何度も語らせているのが強く印象に残る。人の死はそんなに軽々しく扱っていいものではない、と訴えているようで共感するところが多かった。
と、「難病もの」にうんざりしきっているので、かなり斜に構えた読み方をしてしまったが、そんな自分でも最後までスルスル読めたので、普通に泣ける物語として読んでも出来のいい作品だと思う。未知の病気といい冒頭の一文といい、有川ひろリスペクトを強く感じる作者と感性があったのも大きいかもしれないが。
流石は曲者ガガガ文庫の大賞作品、ベタなジャンルの作品でも一筋縄ではいかない作品を出してくる。
まあ、一石を投じてくれたとしてもこのジャンルに対する飽きがなくなるわけでも、この手の作品を素直に楽しめる純粋さを取り戻せるわけではないけれど。出来のいい本作を読んだし、難病ものはもう当分いいや。