いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「真実の10メートル手前」米澤穂信(東京創元社)

真実の10メートル手前
真実の10メートル手前

高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める……。太刀洗はなにを考えているのか?滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執―己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など、優れた技倆を示す粒揃いの六編。


さよなら妖精』の登場人物で『王とサーカス』の主人公・太刀洗万智の短編集。
『王とサーカス』に続き「ジャーナリズムとは?」をテーマに掲げているものの、大きな事件を追っているわけで鼻かったからか、舞台が日本で地に足が着いていたからか、単純に短編集だからなのか、とても読みやすく軽い気持ちで楽しめた。
ミステリとしての面白さもさることながら、太刀洗の類い稀な洞察力を筆頭にした有能さ、クールな雰囲気に似合わない人の良さと内に秘めた熱、彼女の魅力が詰まった一冊だった。




真実の10メートル手前
内容:倒産したベンチャー企業の広告塔だった女性の行方を追う
表題作。これだけが『王とサーカス』以前の新聞記者だった頃の太刀洗の話で、これだけが彼女自身の視点で書かれている。
あとがきに「一人称の物語を書けば謎のヴェールを取り去られる」なんてことが書いてあったが、どこか神秘性を持った彼女の魅力は失われていない様に思う。




正義漢
内容:人身事故が起こった駅での一幕
犯人の行動にもちろん正義なんてないし、太刀洗も自分の業に恥じている描写があるのに、これに正義漢というタイトルを付けるか。皮肉が効いている。
太刀洗をセンドーと呼ぶ彼はまさか?




恋累心中
内容:高校生カップルが心中した事件の真相を追う。
うわぁ。
初めは死を選んだ若人に同情はしない(そもそもフィクションだし)と思っていたのに、流石にこれは。この大人たちは縊り殺したくなるな。
作者の特長の一つ、後味苦めの真骨頂。




名を刻む死
内容:隣人の死の第一発見者になった中学生の話。
どちらにしても「この父にしてこの子あり」か。
亡くなった隣人のクズ親子に憤って(特に父のような人が身近にいるので)嫌な気分になっていたら、発見者少年の父の言葉に少し救われた。ただ少年の父よ。その言葉は記者じゃなく息子に直接言ってやれ。




ナイフを失われた思い出の中に
内容:東欧からの客人を引き連れて、少年が起こした殺人事件の真相を追う太刀洗
さよなら妖精』の中心人物・マーヤの兄が登場。立ち振る舞いは全然違うけれど、好奇心旺盛なところと哲学的な理由を知りたがるところは兄妹だなと。
しかし、あの手記から真相を読み解くか! 確かにヒントはあると太刀洗の洞察力に驚くのが半分。でもやっぱり無理だろと思うのが半分。まあ、二人のやり取りが昔を思い出させてくれて楽しかったから良いけど。
しかし、ガチでクズな大人ばかり出てくるな(^^;



綱渡りの成功例
内容:大洪水で取り残され「奇跡の救出劇」で助かった老夫婦に取材する
“運”か。その結論を出されてしまうと何も言えないな。良かれと思ってやったことが相手の迷惑だったり、自分の最善が相手の最善でないことなんて、状況はいくらでもあるから。
この話は太刀洗に憧れている後輩視点で色眼鏡が過ぎたのと、件の戸波夫妻が善人過ぎて心情が理解できなかったので微妙だった。