いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「キッチン常夜灯 ほろ酔いのタルトタタン」長月天音(角川文庫)

キッチン常夜灯 ほろ酔いのタルトタタン (角川文庫)

30歳目前、かなめは焦っていた。飲食店が大好きで入社したのに、工場併設の製菓部に異動してからは、空回りばかりだ。ある日、先輩から閉店時間を気にせず食事ができる「キッチン常夜灯」を教えてもらう。飴色のタルトタタン、オレンジが香るガトーバスク、繊細なスフレ、オ・シトロンなど、シェフのデザートはお酒の後でも美味しい。ゆっくりご褒美を味わえば、不安も緊張もリセットできる--。一歩踏み出す勇気をもらえる物語。


深夜営業の変わったビストロ「キッチン常夜灯」のシリーズ3作目。
過去二作と同じくファミレス『シリウス』に勤務する女性が主人公。今回は過去二作の主人公の後輩で製菓部で働くかなめの物語。
本人は店舗でキッチンもホールも両方やってバリバリ働きたいのに、製菓部では開発なんてもっての外、製菓の手伝いすらさせてもらえず事務仕事ばかり。しかも、部長はやる気がなく社員はイヤミばかり。パートとの折り合いも悪く職場の空気は最悪。おまけにプライベートでは彼氏に振られと、これ以上ないくらいどん底の状態からのスタート。
そこから悩みが話せる先輩(前作主人公つむぎ)と出会い、ホッとする料理と出会い、居場所に出来るお店に出会い、人生が好転していく様は読んでいて気分がよく、こちらまで救われた気持ちになる。
その中で前作主人公のつむぎが積極的にかなめに構っていたのが印象的。自分が救われた「キッチン常夜灯」への恩を誰かに返す。情けは人の為ならずではないけれど、親切や思いやりが巡っている感じがして温かい。
あとは凝り固まったかなめのネガティブ思考を変えたシェフの視点。このシリーズはいつも多角的なものの見方の大事さを教えてくれる。
一方で、かなめが負けん気と上昇志向が強いバイタリティ溢れるタイプで、気持ちを持ち直した後は自分でぐいぐい進んでいたこともあって、キッチン常夜灯やシェフの料理はやや影が薄かった。でも、このくらいさり気ない存在感の方がこの店らしいと言えるかも。個人的なことを言えば、製菓部の話とあってお菓子が多く出てきたので、料理にあまり惹かれなかったというのもある。
三作目も温かかった。心の余裕と視野を広げることの大切さを教えてくれる一冊だった。