いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「空の彼方」菱田愛日(メディアワークス文庫)

空の彼方 (メディアワークス文庫)
空の彼方 (メディアワークス文庫)

王都レーギスの中心部からはずれた路地に、隠れるようにある防具屋[シャイニーテラス]。陽の光が差し込まない暗い店内に佇むのは、女主人ソラ。彼女の店には、訪れる客と必ずある約束をかわすルールがある。それは、生きて帰り、旅の出来事を彼女に語るというもの。店から出ることのできないソラは、旅人の帰りを待つことで彼らと共に世界を旅し、戻らぬ幼なじみを捜していた。
ある日、自由を求め貴族の身分を捨てた青年アルが店を訪れる。彼との出会いが、止まっていたソラの時間を動かすことになり――。これは、不思議な防具屋を舞台にした心洗われるファンタジー


舞台は地下の薄暗い防具屋のみ。語られる冒険譚は防具屋の主人ソラにお客が語る、その人が見たもの感じたもの。純然たるファンタジーでありながらアクションなどの派手さは皆無と珍しい作りの物語。
切なく優しいファンタジーなら他にもいくつか読んできたが、これだけ静かで落ち着いたものは初めて。
その落ち着きと乱雑さの無さのおかげかソラの抱えるさまざまな想いが心にスッと入ってくる。
5年も幼馴染みを待ち続けているソラの「いってらっしゃい」に籠められた寂しさと「おかえりなさい」に籠もる安堵感に胸を締め付けられる。でも、それと同時にどちらの言葉にも籠もる彼女の温かさを伝わってくる。
そして、ラストで語られるその二つの対になる言葉に対するソラの想いと、感情の起伏が少ない彼女の最大の綻びに、素直に「ああ、良かった」と思えた。
その切なさと優しさで感動するというよりは心が落ち着く物語。


読み終わった後にもう一度表紙を見直すことをオススメする。読む前に見た表紙と読み終わった後に見た表紙では感じる温度が全然違う。