いつも月夜に本と酒

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「とある飛空士への夜想曲 下」犬村小六(ガガガ文庫)

とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)
とある飛空士への夜想曲 下 (ガガガ文庫)

サイオン島には「魔犬」がいる――。ヴィクトリア海海戦より半年後、帝政天ツ上軍の撃墜王・千々石は、神聖レヴァーム皇国軍の飛空士たちにそう呼ばれ恐れられていた。しかし、物量に劣る天ツ上の兵士たちは、レヴァーム軍の果てしない攻撃を前に次々と命を散らしてゆく。そして、ついに東進を開始したバルドー機動艦隊。迎え撃つべく、空母「雲鶴」に再び乗り込んだ千々石を待ち構えていたのは、最新鋭科学兵器に守られた海の要塞と、あの男の技だった……! 魔犬と海猫――ふたりの天才は決着を求め、天空を翔る!「夜想曲」完結!!


やっぱりこうなるのか。
男がロマンを追い求め、待たされた女が泣く結末ははっきり言って嫌いだ。残されたものと一緒に最後を見届ける読み手としては「人の幸せを勝手に決めるな。お前が居ないのに幸せなんかあるか」と思ってしまう。
でも、それでも『夜想曲』は傑作だった。


内容は戦争一色。作者曰く「趣味95%で書きました」の言葉通り、戦況や飛行士の心理状態、戦闘機の性能と細部にまでこだわって描かれた熱い空戦。兵器の説明を十分にしながらの、戦略を重視した緻密な戦争描写。知識のない人には読み進めるのが大変になるほど“戦争”が書き込まれている。
でも、そこで繰り広げられているのは、何度も何度も感情が揺さぶられる極上の人間ドラマ。
どんどん悪くなっていく戦況の中で、勝ち負けではなく民族の誇りを懸けて戦う天ツ上人の魂に心を打たれ、どこまでもクソッタレな敵軍司令長官バルドーに憤り、千々石の想いに真っ正直に応える海猫に胸が熱くなり、取り繕おうともしない感情剥き出しのユキの言葉に涙した。
そして千々石。
彼が人に言い続けた「生きろ」という言葉と自分がやっていることの矛盾には、バルドーへとは別種の怒りを覚えながらも、ロマンを感じずにはいられない。


予想通りの嫌いな結末だった。ユキを思うと何度でも涙が出るし、残るのは切なさと遣る瀬無さばかり。でも、戦争を駆ける男たちの生き様に魅せられ惹きつけられ、固唾を飲んで読み進める大作であったことも間違いない。
『恋歌』ではあまり味わえなかった、『追憶』以来の衝撃と感動が『夜想曲』にはあった。