いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「月とライカと吸血姫」牧野圭祐(ガガガ文庫)

月とライカと吸血姫 (ガガガ文庫)
月とライカと吸血姫 (ガガガ文庫)

いまだ有人宇宙飛行が成功していなかった時代。ツィルニトラ共和国連邦の最高指導者は、人間をロケットで宇宙に送り込む計画を発令。その裏では、実験飛行に人間の身代わりとして吸血鬼を使う『ノスフェラトゥ計画』が進行していた。閉鎖都市で訓練に励む宇宙飛行士候補生のレフは、実験台に選ばれた吸血鬼の少女、イリナの監視係を命じられることになる。上層部のエゴや時代の波に翻弄されながらも、ふたりは命懸けで遙か宇宙を目指す。宇宙に焦がれた青年と吸血鬼の少女が紡ぐ、宙と青春のコスモノーツグラフィティ。

まーたガガガ文庫さんはこういうのをサラッと出すんだから。
素晴らしかった。今時こんなピュアなボーイミーツガールが読めるなんて。おまけにリアリティがあるのにロマンもある。最高だ。
物語は月に行くことを夢見た熱血漢の青年と、夢の為に忌み嫌う人間に従う吸血鬼の少女のボーイミーツガール。
宇宙に行くからSF、吸血鬼がいるからファンタジーという枠組みよりは、冷戦時代のソ連アメリカの宇宙開発競争の現場をライトノベルという媒体に落とし込んだ作品と言った方がしっくりくる。と言うのも、ロケットや吸血鬼から想像されるような派手さはなく、吸血鬼イリナと宇宙飛行士候補生レフの二人が宇宙飛行士としての厳しい訓練を受ける日常が描かれる作品だから。
レフは吸血鬼への誤解に加えてモノとして扱えという命令があり、イリナにも人間に対する強い恨みとそれと同等の諦めがある状態からスタートし、二人三脚で進める訓練や失敗続きの開発への不安、上の人間への憤りなど色々なものを共有する中で、誤解は解けて凍った心は溶けていく。その過程がお互いの瞳を通して丁寧に紡がれていく。
そうやってじっくり育まれてきた感情が爆発する実験本番は涙なくしては読めなかった。
出発前のやり取りからすでにじわっとくるのに、宇宙空間での二人にしか分からない通信、決死の帰還とどんどん感情を昂らせていくストーリーに感動が止まらない。どう見ても悪人面なチーフがレフに負けない熱血漢の好々爺だったのも感動が増す一助になっていた。
史実とファンタジーの奇跡の化学反応。これは“何でもあり”のライトノベルだからこそ出来る作品。でも流行りに乗っかろうとしたら絶対に出来ない作品。流行りに流されない作品作りをしてくれるガガガ文庫が好きだ。そして、この物語を生み出してくれた作者に感謝を。とても面白かった。