いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「君を描けば嘘になる」綾崎隼(角川書店)

君を描けば嘘になる
君を描けば嘘になる

瀧本灯子には絵しかなかった。小学一年生で美術教室に通い始めてからは、寝食も忘れてアトリエで感情の赴くまま創作に打ち込む毎日。
そんな彼女の世界に南條遥都という少年が現れた。自分にはない技術を持つ遥都を認め、次第に彼にだけは心を開きはじめる。
しかし嵐の夜、美大生になった二人のいるアトリエを土砂崩れが襲い――。
妬む人、託す人、助ける人、ともに歩む人。二人の若き天才を取り巻く喜びと絶望を描いた、恋愛小説の名手による新時代の愛の物語。

瀧本灯子と南條遥都という二人の天才の成長を、彼らの恩師、遥都の妹、美術教室の一生徒、そして灯子本人の視点で語られる物語。
その才能ゆえに多くに愛され、それ以上に妬み恨まれる灯子。しかし彼女は、芸術の才能以外は破綻していて日常生活も危ういレベル。そんな奔放で危なっかしい彼女をその部(四部構成)の語り部と共にハラハラしながら見守るのがこの物語の中核。また、その中でもう一人の天才・南條遥都は彼女のことをどう思っていたのかを、少ない台詞と態度で読み解いていく物語でもある。
第三部までの印象はとても静か。
その行動にハラハラはしても、みんなに愛され守られて育ち、美術の分野では才能を遺憾なく発揮していく灯子は順風満帆。遥都は思わせぶりな台詞がいくつかあるだけで、灯子との関係は淡泊。語り部たちの自分語りに天才を目の当たりにした時の「諦め」が入っていることも静かに感じる一因だろう。
それが、プロローグの事故に話が戻ってきて、二人の天才が向き合う第四部で一気に苛烈になる。
天才・灯子が初めて味わう挫折。のたうち回る灯子にいつもよりさらに冷たく刺々しい遥都。灯子のあまりに痛々しい姿に胸が締め付けられ息が苦しくかった。……そう、遥都の真意が明らかになるその瞬間までは。
灯子を突き放すだけでなく刃物で滅多刺ししているかのようなあの言葉は、彼なりの叱咤激励だと分かった時は、驚きと呆れとそれ以上の喜びがあった。それと同時に過去の言動も、あれは愛の形だったのだと気付いてその複雑な感情が強くなる。
遥都の妹・梢がエピローグで言った一言「なんか男って面倒くさいよね」には100%同意だ。いや、男でもこんなに面倒くさい奴は稀だろう。不器用にも程がある。
初めから最後まで灯子を育む愛の物語だった。そこに最後の最後で一番大きな愛が足される終幕に感無量。