いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



荒野

「荒野」桜庭一樹文藝春秋
荒野

切なく、悔しく、どうしようもなく、世界がわからないことについて悩んだ、あのころ。


恋愛小説家の父を持つ山野内荒野。
ようやく恋のしっぽをつかまえた。
人がやってきては去っていき、またやってくる鎌倉の家。


うつろい行く季節の中で、少女は大人になっていく。


詳しいあらすじは→http://www.bunshun.co.jp/kouya/story/index.html

荒野の恋」の第一部、第二部に完結編の第三部(書き下ろし)を加えた長篇小説。家庭環境は複雑だが本人はごく普通の少女 山野内荒野の中一から高一までの約4年間を綴る物語。
こうして三部合わさってみると、この淡々とした作りは「赤朽葉家の伝説」に似ている気がする。



506ページ、あっという間の出来事だった。
第一部、第二部は既読で頭に入りやすかったということもあるが、久しぶりに“のめり込んだ”という感じの読書時間だった。


第一部、第二部
やっぱりこの雰囲気が好きだ。
荒野の控えめな性格と鎌倉の地や山野内家の古さが醸し出す落ち着いた空気が、心を落ち着かせてくれる。そしてその静かな状態だからこそ、荒野の少女らしい些細な事で揺れ動く心情と、その経験からちょっとずつ成長していく荒野を堪能できる気がする。
またこの落ち着いた雰囲気だからなのか、山野内家に漂う女の匂いからなのか、少女の恋の話なのに甘酸っぱさはあまり感じられないことに気付いた。第一部なんかはバリバリの少女マンガ的シチュエーションなのに。こうして改めて読み返してみると、荒野の「恋」で一緒にドキドキする話ではなく「恋とは」をテーマに少女の成長を見守る話だったんだという印象。


第三部
あらゆるところに荒野の大きな成長を感じる第三部。
落ち着いた雰囲気はそのままだが、テーマが「恋とは」から「大人とは」「女とは」に変わっていて、第一部、第二部と比べると少し異質。またテーマだけではなく荒野の物の見方が変わっている気がする。鈍感なのは相変わらずだけど、周りが騒がしくなっても大きな動揺を見せない様子や、恋人の悠也の見方、自分の心の分析。どれをとっても噛み砕けているというか自分なりのフィルターを透せているというか。
そして一番印象的なのは終わり方。荒野が一つ大きく成長した様でもあり、ぷっつりと途中で切られた様でもある、何とも言えない余韻を残す終わり方。前者(成長)は「ただいま」と「おかえり」の違いで成長を表現するのは女の人だからこそ出来る表現だなぁと。後者(ぷっつりと)はこの余韻に浸りつつ、各部の冒頭の文章はいくつの荒野のなのかとか、そこに至るまでにこの先どんなことが荒野の身に起こるんだろうとか、色々な妄想を掻きたてられる嬉しいような切ないようなちょっと変わった読後感。


とにかく良い読書時間だった。
個人的には桜庭作品の中で七竈と双璧をなす最も好きな作品。