いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「血翼王亡命譚 I ―祈刀のアルナ―」新八角(電撃文庫)

血翼王亡命譚 (1) ―祈刀のアルナ― (電撃文庫)
血翼王亡命譚 (1) ―祈刀のアルナ― (電撃文庫)

〔私は駄目な王女だからね。自分のために命を使いたいの〕
耀天祭の終わり、赤燕の国の第一王女が失踪した――。
だが、それは嘘だと俺は知っている。太陽を祀る五日間、彼女は王族の在り方に抗い、その想いを尽くしただけ……。
突如国を追われた王女アルナリス、刀を振るうしか能のない幼馴染みの護衛ユウファ、猫の血を秘めた放浪娘イルナに人語を解する燕のスゥと軍犬のベオル。
森と獣に彩られた「赤燕の国」を、奇妙な顔ぶれで旅することになった一行。予期せぬ策謀と逃走の果て、国を揺るがす真実を目にした時、彼らが胸に宿した祈りとは――。これは歴史の影に消えた、儚き恋の亡命譚。
第22回電撃小説大賞〈銀賞〉受賞作!

正統派ファンタジーな世界観に、追われる王女と護衛役の幼馴染みの少年の逃避行という王道ストーリー。
という大筋では実にオーソドックスな物語であるが、二つの独自要素が物語を彩っている。
一つは手語。
いわゆる手話であるが、王族しか使えないそれは言葉を発せない王女の意思表示手段であると同時に、主人公の少年と王女だけの秘密の言葉。その「特別」感が王女と少年の微笑ましい仲睦まじさと、同時に少しのズレが切なさを生んでいる。
もう一つが言血。
剣士はそれを剣先まで行き渡らせ戦い、王族はそれを使って奇跡を起こす。枯渇すれば死に至り、身体を捨ててそれだけで生きるものまでいる。「気」のような生体エネルギーであり、魂であり、命そのものである。それでいて森には泉が湧いていたり、結晶化したりもする。
なんとなく分かるが全貌を掴むのは難しい難儀な代物であるこの「言血」が感情を言葉よりも雄弁に語り、時に甘酸っぱい一時を、時に大切なものを守る強い想いを、そして美しくも悲しい最期を演出していく。あのシーンはどうしたってうるっときてしまうよ。
王道をしっかり書ききる筆力と独自の要素を巧みに使いドラマチックに演出する力量。ある種キワモノだった大賞作品よりもよっぽど大賞らしい作品だった。電撃小説大賞はやっぱり銀賞が面白いってことか。
Iってことは続くんだ。泣きファンタジーの道を突き進むのか、悲しいだけの物語では終わらせないラストまで連れていってくるのか、次以降も期待したい。
翼を探し求める旅路で見つかるアルナ復活の手立て。しかしその道は困難を極め……辺りかなと思っているが果たして。