いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「ある小説家をめぐる一冊」栗原ちひろ(富士見L文庫)

ある小説家をめぐる一冊 (富士見L文庫)
ある小説家をめぐる一冊 (富士見L文庫)

「潮時、か」田中庸は電車の中で独りごちた。出版社で働き始めて6年目。大御所作家を怒らせ、スランプ中の若き女流作家・些々浦空野に担当替えとなったのだ。
一度は編集者としての未来に見切りをつけようとした庸だが、空野のデビュー作に衝撃を受け、新作企画を持ちかける。しかし空野は“書いたことが現実になるため執筆できない”と言い出して……。そんなある日、庸は空野が描いた物語をなぞるように、奇妙な事件に巻き込まれる。
若き小説家をめぐるビブリオ・ファンタジー、開幕!

面白かった……と普通に言っていいのか、これは? 不思議体験だった。
とりあえず、ことごとく第一印象を裏切ってくる作品だった。
女流作家の些々浦先生は、あらすじと合う前の説明から気弱な少女を想像していたら、不遜な態度で男口調の面倒くさがりの人。編集者の田中は始め堅物の印象だったのに、些々浦に合ったら男なのに主婦力が高い、というかまんま“おかん”になるし。
話の方も冒頭はホラー小説の雰囲気を醸し出していたと思ったら、現実と夢の境が曖昧で幻想的ではあるけれど怖さとは無縁で、おかん田中がナマケモノ些々浦を飼育しているな内容に微笑ましさと苦笑いの中間のような笑いが出る。
で、何が不思議かと言うと、
些々浦邸や廃墟でオカルトに巻き込まれているのに、田中と些々浦の会話は現実的でコミカル。どう考えてもアンバランスで雰囲気をぶち壊しているはずなのに、全く違和感を感じないのが不思議。どちらもすんなり受け入れられる。どんなバランス感覚してるんだろう。
「必ずしもオチは要らない」と作中で田中が言っていたことを実践する様な終わり方まで含めて、終始ふわふわした読書時間だった。「狐につままれたよう」というのはこういう事を言うんだなと実感させてくれる一冊だった。