いつも月夜に本と酒

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「滅びの季節に《花》と《獣》は。 〈上〉」新 八角(電撃文庫)

滅びの季節に《花》と《獣》は 〈上〉 (電撃文庫)
滅びの季節に《花》と《獣》は  〈上〉 (電撃文庫)

幾多の滅びを乗り越えて栄える花の街スラガヤ。そこで人は等しく奴隷として生き、奇蹟の操り手《大獣》に仕えることが定められていた。街にあだなす鋼の虫――《天子》との戦が続くある冬に、その恋物語は花開く。
人間を貪り食うという伝承を持ち、人々に畏怖されながら郊外の廃墟に居を構える美しき大獣、《貪食の君》。
全身に刻まれた《銀紋》によって幼い姿のまま成長が止まり、奴隷市場で売れ残った天真爛漫な少女、クロア。
偶然と嘘から結ばれた二人の関係は、一つ屋根の下でぎこちなく、しかし確かな情愛をもって育まれていく。愛しき日々は、やがて戦場に奇蹟を起こし……。


外敵に脅かされ滅亡寸前の街で、相思相愛ですぐそばにいるのに触れ合えない、真正面から向き合えない、歯痒くもどかしい奴隷の少女クロアと大獣《貪食の君》。そんな二人を軸に「幸せ」とは何かを問う物語。
デビュー作に負けず劣らずの切なく泣けるファンタジーに仕上がっていた。いや、まだ上巻なのだから仕上がりそうが正解か。
死が隣り合わせの厳しい世界に、そこで成り立つ厳しい社会に翻弄される運命の二人を、切なく儚く、でも美しく魅せる。前作もそうだったが、そういう世界観を作るのが本当に上手い。ただ、その独特の世界観を把握するのに時間が掛かるので、前半は読み難さを感じるかもしれない。
また、もう一つの泣かせる要素が登場人物たちの優しさ。
主人公の《貪食の君》もヒロインのクロアもその他の人達も、自分だけ幸せであることに疑問を持ち苦しんでしまう、自分よりも誰かの幸せを願ってしまう人達ばかり。その他人を想う心がすれ違いを生んでいく。幸せを追求する物語であるはずなのに、目の前の幸せが見えていない状況は、もどかしさが増すばかり。
《貪食の君》は結局最後まで打ち明けなかったな。隠す理由が言い難い状況という以上の理由がなくて「打ち明ければいいじゃない」としか思えなかった。
とんでもないところで下巻へ。置かれた状況とクロアの信条から考えると、下巻でクロアが「幸せ」と感じるにはかなりの苦難と奇跡が必要そうだが果たして……。