いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「猫沢文具店の借りぐらし」谷崎泉(富士見L文庫)

猫沢文具店の借りぐらし (富士見L文庫)

元編集者の猫沢二胡は最愛の夫を喪い、仕事をなくし、閑古鳥の鳴く実家の文具店で店番をしつつ一人暮らしをしている。そんな折、突然甥っ子である大学生の明澄が訪ねてきた。シングルマザーの母の結婚をきっかけに家を出ると言う。二胡はとっさに同居を提案し、不思議なふたり暮らしが始まった。
静かな日々に明澄が加わり、文具店のわけありなお客様たちとの交流もあり、なぜか猫もやってくる。空虚だった二胡の日常はいつしか賑やかになり、ある目標もできて――借りぐらしから居場所が見つかる、あたたかい日常の物語。


結婚したばかりで夫を亡くし、仕事をなくし、終の棲家のはずだったマンションは耐震問題で退去命令。さらには母まで倒れる始末。そんな人生どん底のアラサー女性がちょっと頑張ろうかなと思えるようになるまでの日々が描かれる。
これ↑を書いているだけで鬱になりそうなどん底具合だが、物語には人生を変えるような劇的な出来事は起きない。倒れた母の代わりに実家の文具店の店番をしながら漫然と過ごす日々、本当に何気ない日常しか描かれない。
変化と言えばシングルマザーの姉の息子(大学生)が同居人になり二人暮らしになることだが、その甥も静かで遠慮がちで過度な接触はしてこない。かといって文具店に客が来るわけでもなく、訪れるのは前の仕事の先輩、内気な女子高生、姑が厳しいらしい同年代の奥様、近所のおばあちゃんくらい。
話の主題と言えるようなものは、近所のノラ猫を保護して飼うか飼わないか甥と二人で悩む、ただそれだけ。二人の知人の猫好きたちの行動力だけはエネルギッシュだったけど。
そんな、なんの変哲もない話なのに読んでいるとなんとなく気持ちが軽くなる不思議。
読み始めは物事にあまり執着しなかったり、自分への無頓着さなど、そこかしこに諦めが感じられて切ない気分になるのに、その内全然に気ならなくなる。主人公がこんな境遇なのに愚痴らない嘆かないのが話がスッと入っている要因なのかも。
人間、猫に振り回されているくらいが丁度いい。そんな気楽な気分になれる、ちょっと不思議な作品だった。