いつも月夜に本と酒

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「純真を歌え、トラヴィアータ」古宮九時(メディアワークス文庫)

純真を歌え、トラヴィアータ (メディアワークス文庫)
純真を歌え、トラヴィアータ (メディアワークス文庫)

『――私は、夢に届かない』
トラウマにより歌声を失い、プロのソリストの道から脱落した少女・椿。幼い頃から全てを捧げてきた夢を失い、残ったのは空虚感だけ。そんな中、椿はオペラの自主公演を行う“東都大オペラサークル”の指揮者・黒田と出会い……。
才能を持たざる人間の、夢と現実。歌声を失った歌姫と、孤高の指揮者――希望を見失った二人が紡ぐ、《挫折》と《再生》の物語。


一部の才のある者だけが脚光を浴びる芸術の世界。本作はその裏に数多に存在するは夢が叶わなかった者の物語。
プロのソリストを目指すも、音大で才能の差を見せつけられ挫折した少女・椿。彼女は今後歌とどう付き合っていくのかまだ踏ん切りも付いていないばかりか、コンクールで失敗したショックで歌うことすら出来なくなっているどん底の状態。そこから、たまたま見学に行ったオペラサークルで、メンバーの歌に触れ、彼らの人柄に触れ、彼女が何を感じていくのかが綴られる。
純粋にいい話だった。
主人公の椿が応援したくなる人物像だったのが良かった。
挫折から日が浅く常に自分を責めている状態でありながら、何とかしようと前を向き、何かはしようと行動する姿が胸を打つ。引っ込み思案なのに何かヒントはないかと誰にでも話しかけたり、荒治療的に舞台に立ったり、本人は自分は弱いと言い続けているが、これが出来る彼女は相当強い人間だろう。
もう一つ良いのが、指揮者・黒田の存在。
同じ挫折を味わった者だからこそ彼女に響く言葉を言える立場であり、運命の出会いなのにそれを知らない椿の反応を楽しめる仄かな甘酸っぱさもあり、と「感動」でも「青春」でも楽しませてくれる。
また、サークル内の忙しくも楽しい日常や、椿の口から次々と出てくるオペラの知識も面白く、普通に大学のオペラサークルの話としても楽しめる。
これ、続かないだろうか。椿が舞台上でオペラを歌うところも、黒田の想いに気付く瞬間も読んでみたい。