いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「彼女は僕の「顔」を知らない。」古宮九時(メディアワークス文庫)

「私は犯人を知りたいんです。私に与えられた時間は――もうきっと長くないから」
死者複数名を出した凄惨なキャンプ場放火事件から10年。僕の前に、同じ事件の生存者・静葉が転校生として現れる。事件当日に怪しげな男と遭遇したと言う静葉だが、彼女は“失貌症”――人の顔が認知できない病だった。
差出人不明の脅迫状、黒服の男、不審火の記録。10年を経て再び事件は動き出す。
これは――僕が静葉へ捧ぐ【贖罪】の物語だ。


他人の感情に過度に引き摺られてしまう良(主人公)。人の顔が認識できない相貌失認の静葉。他人の評価を過度に気にしてしまう奈々。10年前のキャンプ場放火事件の被害者である彼ら三人が静葉の転入を機に事件の真犯人を探る青春ミステリ。
10年も前の事件で警察が調べつくした事件とあって、序盤は捜査に進展がなく、同じ痛みを持ちお互いの欠陥を知る者同士の同窓会のような雰囲気。それが犯人の影が見え隠れし始め、ついには静葉に危害が加えられるところまで行きと、物語の緊張感が段々に増していく。
……と思ったら、それが主人公・良のカミングアウトによって物語の様相がさらに一変する。
良くん君、実は静葉と一緒にいたかっただけだろう。


~以下ネタバレ~



事件の真犯人に前々から確信を持っている良にとっては捜査は不要。真犯人とは別にいると分かっている脅迫状の送り主を探るくらい。ということは、静葉を町中連れ回す理由も図書館に集まる理由も「最愛の女の子と一緒にいたい」からに他ならない。静葉が一人で捜査して危ない目に合わないようにと理由付けも結局はそこに行きつく。
静葉の方も、相貌失認の彼女が認識できる人で、当時の辛い記憶を共有できる仲間で、しかも頼れる男の子として満更でもない様子。確認の為に良の火傷痕のある手を握ったり、表情を知るために顔を触ったりとスキンシップ多めで、事件の落とす影があるのでイチャイチャとまでは行かないが、甘さを感じるところがいくつもある。あとがきのミステリ薄め、青春メインとはこういうことなんだろう。たぶん。
ラストも幸せな未来が見えて甘く爽やかな読後感、良と静葉の二人だけなら。但し、もう一人の奈々を思うと、そのあまりの報われなさに一気に苦くなる。これもまた青春か。