いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「砂の上の1DK」枯野瑛(角川スニーカー文庫)

産業スパイの青年・江間宗史は、任務で訪れた研究施設で昔なじみの女子大生・真倉沙希未と再会する。追懐も束の間、施設への破壊工作(サボタージユ)に巻き込まれ……瀕死の彼女を救ったのは、秘密裏に研究されていた未知の細胞だった。 「わたし、は――なに――?」 沙希未に宿ったそれ=呼称“アルジャーノン”は、傷が癒え身体を返すまでの期限付きで、宗史と同居生活を始めるのだが―― 窓外の景色にテレビの映像、机上の金魚鉢……目に入るもの全てが新鮮で眩しくて。「悪の怪物は、消えるべきだ。君の望みは、間違っていないよ」 終わりを受け入れ、それでも人らしい日常を送る“幸せ”を望んだ、とある生命の五日間。


産業スパイと少女に寄生した未知の生命体との5日間の奇妙な共同生活を描いた物語。
生物に寄生し意志を持つ未知の細胞との遭遇というSFの要素。出会うはずのない二人が出会ったボーイミーツガールの要素。人間でない彼女が人間を模倣することで見えてくる、人間の定義とは?愛とは?という哲学的な問い。
などなど、色々な要素が内包された複雑でやや難解な物語だったが、そんな細かの要素よりも強く感じるのは、優しい人たちの物語だということ。
登場人物たちがみんな優しすぎる。
過去も今も理不尽に晒され続けながら、お人好しな自分を曲げずに抗い続ける主人公も、遠くない別れを自覚しながら、人間を理解し愛し愛されたいと願ったパラサイトな彼女も、そんなパラサイトに乗っ取られながらも彼女が救われること幸せになることを望んだ少女も、彼らを助けようとする周りの人たちも。
優しすぎるから理不尽から逃げられずに正面から相対してしまうし、自分に無頓着だし 相手の事ばかり考えて致命的にすれ違ってしまうし。優しすぎるからこそ感じる遣る瀬無さに、もっと我儘になっていいんだと、涙ながらに「バカヤロー」と叫びたくなる。『すかすか』『すかもか』の作者らしい作品だった。
いくつかの謎は残しつつも、単発作品のようで。続きはない方がいいかな。折角少し幸せが見えるラストを迎えたのに、続きがあったらまた酷い目に遭わされそうだ。