いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「キッチン常夜灯」長月天音(角川文庫)

キッチン常夜灯 (角川文庫)

街の路地裏で夜から朝にかけてオープンする“キッチン常夜灯”。チェーン系レストラン店長のみもざにとって、昼間の戦闘モードをオフにし、素の自分に戻れる大切な場所だ。店の常連になってから不眠症も怖くない。農夫風ポタージュ、赤ワインと楽しむシャルキュトリー、ご褒美の仔羊料理、アップルパイなど心から食べたい物だけ味わう至福の時間。寡黙なシェフが作る一皿は、疲れた心をほぐして、明日への元気をくれる――共感と美味しさ溢れる温かな物語。


チェーン店のレストランに勤務し、会社の『女性活躍』の方針で身の丈に合わない店長を押し付けられブラック勤務で体はボロボロ、さらにアパートが火事という憂目にもあってしまう主人公・南雲みもざ。そんな人生どん底な彼女が先輩社員の思い出話を頼りに深夜営業のビストロ「キッチン常夜灯」を見つける。

人生に疲れた客がふと立ち寄った飲食店で癒され明日の活力を得て、読者は人の温かさや人生の機微を味わう。
大変よくあるタイプの話ではあるが、この手の話では主流のたまたま立ち寄ったゲストが主役の短編連作形式ではなく、一人の女性客を主人公に据え、彼女の日々を最初から最後まで追う形式になっている。
その為、一見さんから常連になって店員や常連客と仲良くなっていく過程や、次第に増えていく店内での会話や人との触れ合いで取り戻していく人間性と心の余裕。同業の仕事ぶりを見て主人公が仕事に対しての見方や姿勢が変化していく様子など、南雲みもざという一人の女性の復活の軌跡をゆっくりじっくり読むことができる。なので、何人かの小さな幸せをいくつも読むより、読み終わった時の満足感が強い。
それと、主人公のボロボロな体と死にかけの心を解きほぐすシェフの料理が良い。くどすぎない料理の説明と食べた客の素直な感想で本当に美味しそう。特に良いのが各種スープ。どれも素朴ながら手が込んでいて朴訥な性格のシェフの優しさまで解けていそう。
またフランスの家庭料理がメインだが、それに縛られない柔軟性が魅力。冬の早朝にシックな雰囲気のビストロで食べるおにぎりに味噌汁。心に沁みそうだ。
「近くにこんなにいい雰囲気の店があったらなあ」と思わせてくれるお店で一人の女性の人生の転換点の味わう。とてもいい物語でした。