いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「記憶書店うたかた堂の淡々」野村美月(講談社タイガ)

静乃の優しすぎる恋人、誠が突如失踪した。職場を訪ねると、彼は一年前に亡くなっているという。彼は一体誰だったのか……?
静乃の脳内に存在する、自分のものではない思い出。これは人の記憶が綴られた書物を売買する、うたかた堂の仕業か。記憶に浮かぶ海を、静乃は目指した。冷めた目をした美貌の青年が書物を繙くとき、心に秘めた過去が、秘密が、願いが、解き明かされる!


人の記憶を抜き取ったり他人に与えたりすることができる青年・現野一夜。彼が営む記憶の売り買いを生業とする「記憶書店うたかた堂」に関わった客の人生の一幕を綴る短編連作集。
うたかた堂を頼る客は、辛い記憶を忘れるために消去してもらったり、愛する人を救うために記憶を移植してもらったり、役のために他人の記憶を買う役者がいたりと人それぞれ。その結果も、記憶を消されたり他人の記憶を得ることで人生のどん底から助けられたり、逆にその魅力に溺れたりと、人生の機微を凝縮して味わえる短編集になっている。
ただまあ、よくある設定の話ではある。(自分はこれを読んで、世にも奇妙な物語の小堺さんが主役の話を思い出した)
あるのだが、似たような物語と決定的に違う点が一つ。
この手の話の記憶を操作する側は、裏方に徹しているかミステリアスでどこか怖いキャラクターが定番であるが、本作の現野一夜は欠点だらけのへっぽこな愛されキャラ。2話目に婚活パーティーに出てきた時は度肝を抜かれた。そして1話目のしんみりした空気を見事に吹き飛ばしていった。
そんな人として欠陥だらけの彼が、客たちの人生に触れ、仕事の後の感謝の言葉をもらい、少しずつ変わっていく姿が、周りの人達の微笑ましい表情と共に描かれる。これこそがこの作品の肝だと思う。記憶の操作という、どうしても切なく身につまされる話が多くなる中で、どこかホッとさせてくれる要素が入っているのが野村先生ならではだな、と。
人々の機微と一人の青年の成長が同時に味わえる素敵な一冊だった。