いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「異世界居酒屋「げん」」蝉川夏哉(宝島社文庫)

東京某所で店を開いていた居酒屋「げん」は、葦村草平が切り盛りしていた。草平が閉店を考えた矢先、突然店の出入り口が異世界の王都ラ・パリシィアに繋がってしまう。不思議なお客を受け入れながら、心変わりした草平は店を続けていくことを決める。娘のひなたや、その恋人の正太郎も加わり、居酒屋「げん」の営業が始まる。様々な事情を抱えた人々が居酒屋料理に癒されていく、新たなグルメファンタジー開幕!


異世界居酒屋「のぶ」と同じ世界の違う国に繋がった居酒屋「げん」を舞台にした酒と肴と人情の物語。「のぶ」のスピンオフ作品。
「のぶ」が繋がった古都のある帝国のお隣、東大国の王都に繋がった居酒屋「げん」。「のぶ」との一番の違いは“なんでもあり”な料理だろう。
居酒屋でありながら和食の基礎をしっかり学んできた「のぶ」の大将が作る肴はあくまで和食ベース。一方、「げん」の料理人は長年大衆居酒屋をやってきた店主の草平と、多種多様多国籍ないくつもの料理店でバイトをしてきた娘婿(予定)の正太郎の二人。なので酒な肴で思いつくものは何でもあり、庶民の洋食あり、インドや東南アジアの香辛料たっぷりの料理あり、店主の娘の得意な焼きたてパンまで出てくる。「のぶ」以上に想像しやすい庶民の味が出てくるのが嬉しい。その分腹は減るが。
また、言語や食文化のベースが「のぶ」のある帝国はドイツ、「げん」のある東王国はフランスという違いがあり、「げん」の方が作品の雰囲気が大らかで明るい感じがする。あくまで〇〇っぽいというレベルで異世界の設定のゆるさは相変わらずだけど。世界が違っても国が変わっても人の悩みや楽しみはそんなに変わらない。細かいことは気にせず旨い酒と肴に舌鼓を打ちながら人の機微を楽しもうってことだろう。
そんなわけで、「のぶ」と何ら変わらない温かな心意気が感じられる作品になっている。良い意味でも悪い意味でも。
悪い意味が入っているのは、スピンオフ作品らしいクロスオーバーが思いの外少なくて、あまりスピンオフ作品として出す意味が感じられなかったから。
現皇妃セレスの名前は何度か出て来るが、あとは違う国でショーユを作っている依田さんの話題がちらっと出るくらい。ジャン氏(思い込みの激しい密偵、サラダの人)は出てくると思ったのだけど。「のぶ」はある程度常連客が固定化されてしまっているので、新しい人間関係や新鮮な感動が欲しかったのかな。
文庫書き下ろしで「のぶ」のあの人がエピソードが足されているのは、単行本版で同じような感想を持った人が多かったんだろうなと。