いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「天才王子の赤字国家再生術10 ~そうだ、売国しよう~」鳥羽徹(GA文庫)

ウルベスでの独断専行が家臣達の反感を買い、しばらく国内で大人しくすることにしたウェイン。
その矢先、大陸西部のデルーニオ王国より式典への招待が届き、妹のフラーニャを派遣することに。しかしそこでフラーニャを待ち受けていたのは、数多の思惑が絡み合う国家間のパワーゲーム。一方で国内に残ったウェインの下に、大陸東部にて皇子達の内乱が再燃という報せが届く。
「どうやら、東西で両面作戦になりそうだな」
グリュエール王の失脚。皇子達の陰謀。東レベティア教の進出。野心と野望が渦巻く大陸全土を舞台に、北の竜の兄妹がその器量を発揮する!


兄ウェインは自国で帝国の使者を迎え、妹フラーニャが式典出席のために大陸西のデルーニオ王国へ。兄妹で東西両面作戦な第10巻。
というあらすじとプロローグだったけど、ウェインはお助けキャラポディション、久々登場のロワも西の性格破綻魔女も脇役に徹する「主役はフラーニャ!」な回だった。ロワは久々の登場だったので、ウェインとの狐狸の化かし合い合戦がなかったのがちょっと残念。
それにしても妹ちゃん、成長著しいとは思っていたけどここまでとは。
最終的には兄の手助けがあったが、デルーニオの新宰相も、再び登場の野心家な姫君トルチェイラもやり込めてしまったその機転と度量には感服するしかない。しかも状況に巻き込まれてからその場の考えての行動。ウェインなら事前に予想してある程度準備してからスタートだから、ある意味兄より優秀かも。まあ、兄はその準備が不測の事態で空振り、のち大逆転のパターンが面白いのだけど。
それと、あくどさと悪辣さがにじみ出てしまうウェインと違って、善性を保ったままこの有能さ。ライトノベルの主人公としてはこのフラーニャの姿が正しい。
一方、またしても引き立て役になったトルチェイラは、
口約束でも一度了承しておいて後で知らぬ存ぜぬ、そのやり方はないわ。美しくない。日本のしょっぱい政治家じゃないんだから。ウェインなら何かしら言質を取ってそこから突き崩す。この程度ではウェインはもちろんフラーニャのライバルにもなれそうにない。父グリュエールがやる気を出せばもう出番はないかな。
このシリーズらしい政治の駆け引きでありながら、このシリーズらしくない清い英雄が活躍する正しい英雄譚。そんな新鮮な風とフラーニャの成長が楽しめて今回も面白かった。
次回から物語は佳境へ。我らがヒロイン ニニムさんがキーパーソンのようで、出番が増える期待が半分、悲しい目に遭いそうで不安が半分といったところ。

「異世界転移、地雷付き。」いつきみずほ(ドラゴンノベルス)

チートのない異世界で、知恵と工夫の開拓記
チートはないが地雷スキルがある異世界に送られた学生たち。その中でナオ、トーヤ、ハルカの幼馴染3人組は、リアル中世風味のシビアな異世界生活を安定させ、安住の地を作るべく行動を開始する。お互いに協力して、モンスター退治に採取クエスト―英雄なんて目指さない! 現実的で集団だからこそ強くなれる、等身大のスローライフが今、始まる!


少し前暇な時に、なろうやカクヨム異世界転移/転生ものを物色していた中で、一番性に合ったのがこの作品。書籍版の続刊が危うい雰囲気なので応援の意味を込めて購入。
(自称)邪神様が用意した一見有用で派手なチートスキルを回避して、堅実なスキルでコツコツと。目指すは英雄でも勇者でもなく、安定した生活と不自由のない老後。そんな地に足の着いた異世界転移もの。食事やお金などの生活面やモンスターの脅威など適度にシビアで、それでいてそれなりに上手くいく。その塩梅が丁度いい。
作者の日々の鬱憤の晴らしたいのか、転生したら何でもかんでも上手くいく爽快感が売りのご都合主義の話。それを嫌ったとにかく厳しい仕様の主人公が可哀想な話。この両極端になりがちな異世界ものの中で、どちらもそこそこ入っている本作は気楽に楽しく読めるのが良い。肉汁たっぷりのお肉や激辛料理ばかりではいくら好きでも早々に飽きるのだ。
あとは、幼馴染み三人と後に合流する二人の気の置けない仲の良い友達の会話が心地よかったり、時々入ってくる雑学・無駄知識が面白かったりと色々あるが、最大の長所はヒロインのハルカ。
基本的に頭のいいヒロインが好きという個人的な好みもあるが、姉御肌で面倒見が良くて実は一途で、昭和のスーパーヒロイン南ちゃん(タッチ)が近いかなと。あだち充漫画大好きおじさんとしてはどこか懐かしさを感じるヒロインなのだ。
次はとりあえずもう二人と合流がメインイベントかな。ナツキも好きなヒロインなので彼女の登場が楽しみ。

「君に恋をするなんて、ありえないはずだった 課外授業は終わらない」筏田かつら(宝島社文庫)

地味な眼鏡男子とあまのじゃくな美少女の「じれったい恋」を描いた、大人気青春恋愛シリーズ初の日常短編集。
靖貴と恵麻の前日譚「Walk Through the Rain」、久美子を通して描かれる恵麻の小中学校時代「Yes, Emma OK?」、二人の卒業後がわかる「彼女が部屋で待ってるから」などを収録。男子グループでの遊園地の顛末や晋の意外な一面も綴られる。
キュンと胸が疼き、時には切なさを覚える、必読の一冊。


シリーズ四作目。掌編から短編くらいの長さの短い話が、高校在学当時やそれ以前が語られる7編と本編後大学生になってからが4編、計11話入った短編集。
この本を一言で表すと「恵麻ちゃんかわいいの本」。
過去の話でもその後の話でも、サブキャラ視点で靖貴や恵麻には直接関係ない話でちらっと出て来るエピソードでも、目立つのは恵麻の残念さ。靖貴目線の本編だと、所謂クラスのトップカーストのイケてる女子風で女王様気質な女子のイメージが強かったのに、それを覆すエピソードが次から次へと出て来る。
ちょっと孤高でかなり不器用なのは本編でもうかがい知れたけど、ここまでぼっち属性でがっかり美人だったのは予想外。これはお姉さんが猫可愛がりするのも、親友の久美子が過保護気味なのも肯ける。危なっかしいもの。
短編として好きなのは、
前半では恵麻が恋する乙女全開な『Zipper』と恵麻と久美子が仲良くなった経緯が語られる『YES,Emma OK?』が良かった。久美子の我が道を行く感じは中学でもう発揮されているのね。
後半の4編はニヤニヤ全振りでどれも良いが、性格も趣味も全然違うのに二人の相性の良さが分かる『LEICA』と、靖貴の気の利いた優しさがにくい『Nothing Matters』が好き。いやホント、恵麻は靖貴に捕まって良かったなあと、しみじみ思う。
かなり間の開いた予想外の続編だったけど、沢山ニヤニヤさせてもらって大満足の一冊だった。

「三角の距離は限りないゼロ7」岬鷺宮(電撃文庫)

一人の中にいる二人の少女「秋玻」と「春珂」。彼女たちと恋するなかで、僕は「自分」がわからなくなってしまう。
――僕って、どんなやつだったっけ?
明るい作り物の僕と、その裏にいた繊細な、本物の僕。……本当にそうか?
春休み。再び明るくなった僕は、支えてくれる秋玻、春珂と一緒に、自分を探しはじめる。そして入れ替わりの時間が短くなってゆく彼女たちにも、同じように自分への疑問に向き合うときが来る。
「――わたしたちって、二重人格って、なんなんだろう?」
二重人格の彼女とともに過ごした一年を辿り終えたそのとき、僕は終わりゆく「彼女たち」の最後の願いに触れる――。
僕と彼女と彼女が紡ぐ、切なく愛しい、三角関係恋物語


自らも二重人格が終わりそうで不安定な中、自分を見失った矢野を元に戻すために奔走する秋玻と春珂。最終章前編。

【悲報】矢野氏壊れる(4巻以来2回目)
ここまで来ると切なさも愛しさも感じない。あるのは負の連鎖で大変だという同情と、何を読まされているんだろうという困惑。
恋愛小説を手に取ったと思ったら中身は精神科の症例だった、みたいな。(もちろん精神科の症例なんて読んだことがないので勝手な想像です)
二重人格の彼女をヒロインにして「自分とは何か」という思春期らしい悩みを書く作品だとは認識していたけど、恋愛要素よりもそちらの方に突き抜けてしまって、恋愛要素ゼロのまま重苦しいシリアスな話ばかりしていた。春珂や霧香のゆるい口調でラノベらしさを出そうとしているのが痛々しく感じてしまうくらいに。
それにしても矢野君は、ここまで自我が不安定だと幼少期の自我の形成時期の問題、親のネグレクトなどを疑ってしまう。現状ではそんな感じの両親には思えないけれど。とりあえず高校生が自分たちでどうにかする段階の問題ではないよね、これ。
そんな精神的に不安定な矢野に追い打ちをかけるよう、二重人格の終わりを迎え、矢野にとんでもない問い投げかけてしまう秋玻/春珂。作者は鬼かな? ショック療法になればいいけど、普通に矢野君精神ぶっ壊れそう。「私を殺して」というセカイ系のヒロインは、それを覆すだけの気概がある主人公じゃないと映えないと思うんだ。
次回最終巻。結末が気になるので最後まで読むつもりでいるが、もう恋愛小説的な面白さを見出すのは無理そうだ。

「むすぶと本。 『夜長姫と耳男』のあどけない遊戯」野村美月(ファミ通文庫)

あの、はな色の本にもう一度会いたい――。
榎木むすぶは中学二年生の夏に出会ったはな色の本を忘れられずにいた。あれから同じタイトルの何冊もの本と話したけれど、あの本とはやっぱり違う。そして中学三年生の夏、むすぶは再び北陸の地を訪れることになった。やっと会える! と胸をときめかせる反面、その本の持ち主と思われる少女のことは怖い。ひとまず事件の起こった屋敷を訪ねてみると折り紙にくるまれたブローチを拾う。そこには『わたしに会いに来て』と書かれていて――。表題作他、恋にまつわる短編も収録した第3弾!


いつものメンバーの日常を描く短編三編と、このシリーズの根源、むすぶと夜長姫が恋人になったエピソードが語られる長編一編の全四編で送る第三弾(B6判を入れると第五弾)


第一話 『少女パレアナ』は今日も幸せ
内容:高等部に遊びに来る悠人の妹・蛍と妻科さんの出会い
ただひたすらに妻科さんが可愛い話。
ストレートに好意を示していて、誰にでも優しい性格なのに、ツンデレヒロイン風味なってしまう妻科さんは奇跡の存在なのかもしれない。歴代の野村作品ツンデレ負けヒロインの中では最強の可愛さ。
愛情表現がストレートなのに何故か下手な感じとか、ヤキモチの妬き方とか妻科さんと夜長姫は結構似た者同士かも。二人とも猫耳が良く似合ってるし。蛍ちゃんは垂れた犬耳の方が似合いそう。



第二話 『好色一代男』は闇夜も懲りない
内容:堅物イケメン若迫くん、デートする
誠実な若迫くんがトリプルブッキングデートをかますなんてと驚いたけど、本人がデート=時間を合わせて出かけることくらいの認識しかないないので納得。むしろ『好色一代男』がとんでもない内容だったことの方が衝撃だった。
悠人は好きな人が出来た時に役に立つなんて言ってたけど、本人が何が悪いか分かってないから今後に生きることはないと思うぞ。



第三話 『リルケの詩集』は貴方の運命を信じて歌う
内容:悠人の二回目の恋の話
“文学少女”シリーズの千愛登場!
初めは見たことある名前だなくらいのおぼろげな記憶だったのに、悠人の言「感情の抜け落ちた無表情の女性」で全てを思い出せてしまった。そんな千愛が幸せを掴んでいることだけで胸がいっぱいです。



第四話 『夜長姫と耳男』のあどけない遊戯
内容:夜長姫との出会いから一年、むすぶが再び姫倉の別荘へ
“姫倉”の姫、魔性の少女・鏡見子の狂気とその顛末。
男を惑わせる美貌と妖艶さを持ち、人の常識や倫理観が通じない狂気を持つ鏡見子はまさに怪物。同じ言語を使ってるのに言葉が通じない会話と、血の赤に彩られた各シーンはまさにサイコホラー。読み物のホラーにはあまり感情を動かされないのだが、こうも色濃く血を連想させられると流石に来るものがある。
そんな“理解できないもの”のはずなのに重苦しさと切ない余韻を残し、その後の幸せを願わずにはいられなくなる不思議な読後感。
むすぶの度を越した善性も狂気の部類だと思っているのだけど、鏡見子と似た夜長姫に恋をするのは、危ない部分で惹かれあうものがあるんだろうか。