竜殺しの英雄、シギベルト率いるノーヴェルラント帝国軍。伝説の島「エデン」の攻略に挑む彼らは、島を護る竜の返り討ちに遭い、幾度も殲滅された。
エデンの海岸に取り残され、偶然か必然か――生きのびたシギベルトの娘ブリュンヒルド。竜は幼い彼女を救い、娘のように育てた。一人と一匹は、愛し、愛された。
しかし十三年後、シギベルトの放つ大砲は遂に竜の命を奪い、英雄の娘ブリュンヒルドをも帝国に「奪還」した。
『他人を憎んではならないよ』
復讐に燃えるブリュンヒルドの胸に去来するのは、正しさと赦しを望んだ竜の教え。従うべくは、愛した人の言葉か、滾り続ける愛そのものか――。
第28回電撃小説大賞《銀賞》受賞の本格ファンタジー、ここに開幕!
厳しい現実や日々の鬱憤を晴らすような、何でも上手くいく優しい世界な作品ばかりのこのご時世に、こんなに美しく心の響くバッドエンドな作品に出会えるなんて。
御伽噺のような幻想的な世界観でありながら、繰り広げられる物語はドロドロに澱んだ憎しみと狂気が渦巻く愛憎劇。
娘は父を愛し、父は息子を愛し、兄は父と妹を愛した。その愛のベクトルが絶望的にすれ違い噛み合わなかった結果、予想通りの悲劇へと一直線に突き進んでいく。
その回避不可能な結末を思うだけでも目を背けたくなるのに、主人公・ブリュンヒルドの内で燃える憎悪の炎の激しさに、竜の娘を人間の尺度で愛し慈しむ実兄と父の親友の無力さに、ブリュンヒルドの兄の前でだけ垣間見える無自覚な人間味に、死してなお責められるブリュンヒルドの罪に、言いようのない切なさと遣る瀬無さと、世界への憤りが募っていく。
そんな悲哀の物語なのに、むしろそんな世界だからか、自分を貫き生き抜いた少女の生き様が、それぞれの不器用な愛の形がどうしようもなく美しく映る。
電撃文庫は今でもこういう作品に賞を出すんだなと。『ミミズクと夜の王』が大賞を獲った時以来の衝撃だった。
大賞に届かなかったのは、ブリュンヒルドの胸の内を語る描写がやや薄く感じるのと(想い人の願いに背くと決断した時の心中や、背き続けることになる葛藤は欲しかった)、2巻3巻と続きを出したいレーベルとしては続く余地なく完結している作品には上の賞を出し難かったからかな。
それでも電撃小説大賞の伝統、大賞金賞より面白い銀賞を久々に味わえた。自分が読んだ今年の電撃小説大賞の中では文句なく一番。