いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「ぼくらに嘘がひとつだけ」綾崎隼(文藝春秋)

僕らは取り違えられたのかもしれない――
エリート棋士の父を持つ京介と、落ちこぼれ女流棋士の息子・千明。二人の〝天才〟少年は、またたく間に奨励会の階段を駆け上がる。期待を背負い、プロ棋士を目指す彼らに、出生時に取り違えられていたかもしれない疑惑が持ち上がり……
才能を決めるのは、遺伝子か環境か? 運命と闘う勝負師たちの物語。


赤ん坊の取り違えは本当に起こったのか。それとも――
赤ん坊取り違え疑惑の元となる、女流棋士の世界に飛び込んだ女性・朝比奈睦美の挫折を描く第一部。奨励会でプロ入りを掛けた地獄の争いに身を投じる二人の中学生・長瀬京介と朝比奈千明の今と、京介の父・厚仁の過去を描きながら事件の謎を追う第二部。中学生ライバルの出生時の取り違え疑惑を軸に二部構成で送る、厳しい勝負の世界に生きる優しい人達の物語。

圧倒された。ジェットコースターの如く上下する人生と感情に振り回されて言葉がないと言った方が正しいか。
場面によって視点が変わる群像劇だが、それぞれに共感できる優しい人間味と、共感できない勝負師の一面を併せ持つ。それでなくても誰が嘘をつき、誰が本当のことを言っているのか分からない謎が謎を呼ぶ展開の中で、物語を語る語り部たちが場面によって違う顔を見せて来るので、読み手としては息つく暇がない。そのうちに、いつの間にか物語に引き込まれていた。
ミステリとしては、後半どんでん返しの連続ながら、動かしがたい事実(第一章の終わり)と分かりやすい反証(体重)があるので、真実自体に辿り着くのは容易だった。但し、真実に行きつく動機、複雑に絡み合う当事者の心境の方は難解。それでいて答えには十分な驚きと納得があって、ミステリとしても上質。
中でも、勝負の世界に生きる人間の凄みを感じると共に別世界の人間に見える男達より、勝負師になり切れず男社会な将棋の世界に翻弄された母親二人の方に共感や同情をしていたので、睦美の語った真実には、母の愛はここまで深いのかという衝撃と、方向性が大きく間違ってしまっていることへの悲しさが入り混じって涙が。
登場人物それぞれに優しさとエゴが顔を出す、人の多面性がよく見える人間ドラマ。最初から最後まで手に汗握る展開で、緊張で呼吸数の減る読書というのを久々に味わった。面白かった。



舞原家・千桜家の人間が一人も出てこない……だと!?