いつも月夜に本と酒

ライトノベルの感想を中心に興味のあることを日々つらつらと書き連ねるブログです。



「紙屋ふじさき記念館 結のアルバム」ほしおさなえ(角川文庫)

感染症の世界的大流行の影響で、記念館の閉館イベントは中止。
そんな中、百花(ももか)は大学4年生となり、リモート環境下で卒論と就活に取り組むことになった。
突如姿を変えてしまった日常に、不安や理不尽さを感じながらも、百花や大学の仲間たちは現実に精一杯向き合っていこうとする。
そんな中、ついに藤崎産業の採用試験が始まり、百花は面接で「和紙」の意義とは何かを改めて突きつけられることに。
一方の一成(かずなり)は、新記念館の再建のために何やら動き出しているようで……?


講義はオンラインに。バイトは解雇に。卒論があるのに教授に会うことも図書館に行くことも出来ず、友人に相談することもままならない。2020年コロナ禍の大学生の生活をリアルに記すシリーズ第5弾。
前巻のラストで感染症の影響が出始めていたので、ある程度は良そうで来ていたけれど、ここまでしっかりとコロナ禍の生活を描くのは予想外だった。今でしか出せない生きた小説という感じがした。
ゼミと卒論、就職活動、サークル活動。すべてが制限された中で戸惑いながら一つ一つこなしていく百花の姿に胸が痛む。さらに、こんな百花でもかなり恵まれている方だという事実に身につまされる。
百花は実家暮らしでバイトに迫られているわけでもなく、三年間の大学生活があるから教授の為人や同じゼミ生の顔も分かる。就職活動も長く務めたバイト先。バイトしないと学業以前に生活がままならない苦学生、一度もあったことがない同級生と一度も会ったことがない教授の講義を受ける新入生、実験しないと卒論の書きようがない理系学生など、先が見えない不安や絶望は如何ばかりか。
そんな読んでいるだけで息が苦しくなるような閉塞感の中、第二話のサークルのオンライン会議のいくつかの言葉にハッとさせられる。
一つはみんな「元に戻る」ことばかり考えているということ。世界が変わってしまったのだから、前に戻るよりこの先どうするかを考えることが大切。前の世界の残像を頭から消すのは歳を取れば取るほど大変だけど、考えないわけにはいかないな、と。
もう一つは「どうでもいい話」の大切さ。隣にいたら中身のない雑談の一つや二つするけれど、確かにオンラインに繋げてわざわざそんな話はしない。でも、何気ない会話にこそ何かのヒントが潜んでいるもので、そういう意味でも会話の重要性を気付かせてくれた。
今とこれからの生活のことや会話の大切さなど、人と人との繋がりを色々と考えさせられる一冊だった。
記念館再建直前の気になるところで終わっているので、続きもありそう。社会人になった百花の活躍の期待。百花の事だから社会人になったら悩みはもっと増えてしまいそうだけど。